―バスが、道の凸凹に合わせて上下に揺れる。
補修の行き届いていない路面特有の揺れ。
緑豊かな場所にやってきた事が実感できて、身体
が椅子の上で跳ねるのもなんだか心地いい。
田舎の村、『泰平(やすひら)村』に向かうワンマンバス。
バスに揺られながら、わたしは村唯一の神社を目指していた。その神社の……巫女となる為に。
[澄河] 「…………」
バスのチャイムが鳴って、次の停留所が近い事がわかる。
[アナウンス] 「毎度ご乗車ありがとうございました」
定型化された、柔らかいようで硬い女性の声のアナウンスが車内に流れる。
[アナウンス] 「次は終点〜、『泰平村入口』……『泰平村入口』です」
[アナウンス] 「お降りの際は、お忘れ物などなさいませんようお気を付けください」
程無くしてバスは小さなロータリーに進入し、小さな停留所の隣に停車した。
[澄河] (降りなくちゃ……)
わたしは膝の上に置かれた麦藁帽子と黄土色の小さな鞄を手に取ると……
麦藁帽子をかぶり、鞄を背負って、運賃を払いバスを降りた。
2本の足で、しっかりと土の地面を踏みしめる。
頬を撫でる涼しげな風は、若葉と花の優しげな香りがした。
[澄河] 「ふぅ……」
これから始まるであろう全く新しい生活に、わたしは期待と不安の入り混じった溜息を吐く。
[澄河] (ちゃんと、できるかな……お役目)
それが……今のわたしにとっての、一番の不安。
[澄河] (御婆さまは……わたしが最も相応しいって言ってくださったけれど……)
[澄河] 「…………」
『相応しい』と言われうる一番の理由。
それは……
他の人には無い特別な力があるという事実。
『霊魂と通じ合い、身体を貸し与える事ができる』という、特別な力。
ときに奇異なものを見る目に晒された事もあったけれど、わたしはこの力が気に入っていた。
『わたしにしか助けられない人がいる』
……それは、とてもすごい事だと思うから。
[澄河] 「……行かないと」
既に届いているはずの引越し荷物を、今日中に整理しなければならない。
ここでいつまでもゆっくりしてる訳にもいかない。
わたしは『最も相応しい』という見えない支えを頼りに、なだらかな坂を登った。
……。
…………。
………………。
『高台』と呼ばれる場所にわたしはやってきた。
特に何か用事があった訳じゃない。
温かい日差しと、爽やかな風に包まれ、『何か』に誘われるようにしてここにやってきた。
その容の無い『何か』を、例えるなら……。
……それは、『魂声(こえ)』。
わたしを喚ぶ『魂声』がする。
それは、小さくて弱々しく。
そして……とても、強い。
そんな『魂声』が、高台に着いたわたしを捉えて離さなかった。
[澄河] (わたしは、ここに居ます……あなたの傍に)
[澄河] (あなたの、『一番』傍に……)
わたしは意を決して、抜けるような青空に向かって声を掛ける。
[澄河] 「どなたか……いらっしゃいますか?」
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